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フライトジャケットの種類と歴史

フライトジャケットの種類と歴史

フライトジャケットの種類


A-1
(1927)
1927年に陸軍航空隊の飛行服第一号として採用された、夏季用レザー・ジャケット。
袖口、ウエスト周りにはニットを配し、ウィンドブレーカー形式の仕様設計がなされています。
その後開発された多くのフライトジャケットの原型となったジャケットです。

飛行兵達は自らのA-1ジャケットを、飛行中隊章や背中に丹念に描き込んだアートワークで飾る事が多かったようです。

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A-1
A-2
(1931)
陸軍航空隊用ジャケットとして1931年に制式化されたのが、A-2ジャケット。
A-1型飛行ジャケットの後継にあたるモデルです。 袖と裾がリブニット仕様となっていることが特徴の一つとして挙げられます。
両脇にはボタン式のフラップ付きポケットが付いていますが、「ポケットに手を突っ込むことは、軍人の仕種として不適当である」といった理由から、ハンドウォーマーは備わっていません。
ファスナーの上には防風性の為にウィンド・フラップがついており、 A-1に比べ遮風性、機能性が高いモデルです。

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A-2
G-1
(1947)
第二次世界大戦末期、A-2の開発と同時期に海軍航空隊によって開発されたのが、G-1フライトジャケット。 60年近くに渡り支給されている歴史あるもので、海軍を代表するモデルと言えます。

特徴としては、ヤギ皮を素材としウエストと袖口にはニットが配されていること、 腕周りの機動性をスムーズにするためのアクションプリーツが設けられていること、 スタンドカラーの襟には首周りの遮風と保温を考慮して羊のムートン・ボアを張り、 チン・ストラップベルトが付けられていることが挙げられます。

映画『トップ・ガン』でマーベリック(トム・クルーズ)が着ていたモデルが、このG-1ジャケットです。

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G-1
AN-J-4
(1943)
1943年に陸軍・海軍共通で採用された、冬季用モデルのジャケットです。
当初は多くのパイロットから寄せられたB-3における改良点を設計に反映され完成された革飛行服でしたが、飛行機という乗り物における暖房設備の改善、供給量に限りがある革製品の継続使用が困難である事などから、2年間の支給を経てAN-J-4はシープシアリング・フライトジャケットの最終モデルとしての役目を終えました。

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AN-J-4
B-3
(1934)
1934年に陸軍航空隊で冬期・寒冷地用として採用されたジャケット。
極寒地域での任務を行う者や、当時与圧装置などが備わっていなかった戦略爆撃機の搭乗者などに支給されていました。
保温性・耐寒性を第一に優先して開発されたため、シープスキン(羊革)の内側全体にボアが張られているのが特徴です。 大きな襟は2本のチン・ストラップベルトで締めることができ、それによっても保温・遮風の効果を高めていました。

その後1940年代になると爆撃機のコックピットに与圧・温度調節機能が備わるようになり、B-3は次第に姿を消してゆきました。

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B-3
B-6
(1939)
機動性の高いA-2と、保温・耐寒性に特化したB-3の中間域を埋めるために1939年に開発された、陸軍航空隊の防寒用ジャケットです。
B-3をベースに設計されていますが、B-3に比べ内側のムートン(羊毛皮)のを短めに、そして襟も少し小さめに作られているのが特徴です。これにより防寒性は多少犠牲になったものの、機動性の高い防寒用ジャケットとして活躍したモデルとされています。

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B-6
B-7
(1941)
1941年にアメリカ陸軍航空隊がアラスカなどの極寒冷地での使用を目的に開発されました。
フードが付いていること、着丈が長めに設計されていることが特徴です。 わずか1年のみの生産と言う事で、最も少ないフライトジャケットの1つとされています。

B-7は乾燥と凍結によるひび割れを予測して表面処理がされておらず、汚れに対して臆弱でした。 また素材である羊革シャーリングの価格も安価ではなかったことが、B-7が短命であった理由とされています。
B-7
B-10
(1943)
皮革の資源枯渇が問題となり、皮革に代わる素材となったコットンを使用して生まれたのが、このB-10。 布製のフライトジャケットの第一号として1943年に採用されたモデルです。

袖、裾にはニットを、襟元にはボアを、フロントにはファスナーを使用し、保温性・遮風性を確保しています。 生産期間は1年と短期間でしたが、前期型と後期型が存在します。
B-10
B-15
(1944)
1944年、暫定的に生まれたB-10を改良した形として後を次いだコットン素材のジャケット。
袖、裾部分はB-10の形をそのままにニットが使用されています。 B-10のサイドポケットはフラップ式であることに対し、B-15はスラッシュポケットを採用。左腕にはペン・シガーポケットが備わっています。
「首への干渉を軽減するため」センターから少しずらして付けられたフロントファスナーが特徴的です。

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B-15
D-1
(1939)

このモデルはフライト・ジャケットではなく、厳密にはグランド・クルー(地上整備員)用のジャケットです。
裏地のムートン(羊毛皮)はB-3よりも短くカットされ、襟は少し小さめ、チン・ストラップは1本と、B-3に比べ軽快で機動性が高いということが特徴になります。そのためD-1でフライトする者も多く、特に従軍カメラマンには「小振りな襟」が好評だったようです。
サイドにはファスナー付きのスラッシュ・ポケットが備わっています。

D-1
MA-1
(1955)

B-15の流れを汲んで1952年に採用された、傑作のフライト・ジャケット。 最も多くのパイロット達に愛されたモデルです。
軍用機の多くがプロペラ機からジェット機に移行するに従って飛行高度も高くなり、フライトジャケットに付着した水分が氷結して乗組員の活動の妨げになることがわかった為、それまでの革製フライトジャケットではなくナイロン製のフライトジャケットが考案されました。
そこで生まれたのがMA-1ジャケットです。 採用決定後も幾度と無く細部の改良が行われ、30年間にわたって使用されてきました。

地上でのカモフラージュのために表地には落ち着いた緑を採用。それに対して裏地が目立ちやすいオレンジ色であるのは、事故の際に脱出したパイロットを探すのが困難なことから、少しでもパイロットを発見しやすいレスキューカラー
を採用したためと言われています。

派生型として、フードが付けられたN-2タイプや、更に丈が長いコートタイプのN-3タイプが存在します。

MA-1新入荷 !

MA-1
L-2
(1945)
A-2に代わるフライトジャケットとして1945年に採用された、ナイロン製フライトジャケット。
陸軍航空隊時代のため、カラーはオリーブドラブとなっています。 コックピットで座った姿勢での機動性を重視したため着丈は短く、裾はニットリブとなっています。 左肩にはエアフォース・マークのインシグニア(国籍マークなどの記章)、その下にはシガレット・ポケットが備わっています。サイドのポケットはフラップ付きで、斜めに走るデザインです。
L-2AL-2Bへと改変を重ねて展開してゆくモデルです。
L-2
L-2A
(1947)
L-2シリーズの第2モデルである、ナイロン製のジャケットです。
1947年、陸軍航空隊は独立、空軍として新しくスタートします。このためL-2は空軍のシンボルカラーである、エアフォース・ブルーとなりました。カラーリング変更後のモデルがこのL-2Aです。デザインはほぼL-2を継承したままとなります。
採用後間もなくカラーの改変により生産が短期間で終了となったため、希少価値の高いモデルとされています。
L-2a
L-2B
(1948)
L-2シリーズの第3モデルである、ナイロン製のジャケットです。
朝鮮戦争後、空軍はL-2Aジャケットの指定色をエアフォース・ブルーからシルバー・グレーへと改変しました。これは高度での太陽光吸収の解決と、脱出後の低視認化を目的としたものです。 指定色が改変されたモデルが、このL-2Bとなります。デザインはほぼL-2を継承しています。
L-2B
N-1
(1945)

第二次世界大戦末期から海軍の艦上防寒着として着られていた綿製ジャケット。
デッキ(甲板)で着るので、「デッキジャケット」と呼ばれています。 襟と裏地にはアルパカ・モヘアを、袖部分にはリブニットを使用しており、防風性に優れています。

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N-1
N-2
(1945)
第二次世界大戦が終了した1945年に米陸軍航空隊が採用した、一連のナイロン初採用型フライトジャケットの一つです。
保温性・機動性共に優れており、ムートンとコヨーテトリムのフードを採用しているのが特徴です。
N-3シリーズが爆撃機、輸送機などの搭乗員用から地上作業員用へと使用目的をシフトする中、N-2シリーズは狭いコックピット内で操縦に携わるパイロット用として使用されました。
コックピットで座った姿勢での機動性を重視したため着丈は短く、裾はニットリブとなっています。

N-2AN-2Bへと改変を重ねて展開してゆくモデルです。
N-2
N-2A
(1947)
N-2シリーズの第2モデルである、ナイロン製のジャケットです。
デザインはほぼN-2を継承しているものの、L-2A同様、1947年に空軍が独立したことを象徴して、シンボルカラーであるエアフォース・ブルーへとカラーリングを変更しています。
N-2A
N-2B
(1948)
N-2シリーズの第3モデルである、ナイロン製のジャケットです。
朝鮮戦争後、空軍はN-2Aジャケットの指定色をエアフォース・ブルーからセージ・グリーンへと改変しました。これは高度での太陽光吸収の解決と、脱出後の低視認化を目的としたものです。 指定色が改変されたモデルが、このN-2Bとなります。
N-2B
N-3
(1945)
第二次世界大戦中に開発、採用された着丈の長い極寒地用ナイロン・フライト・ジャケット。
実際には狭い操縦席での着用には向かずグランドクルーたちの屋外作業時に愛用されていたと言います。
N-3AN-3Bへと改変を重ねて展開してゆくモデルです。
N-3
N-3A
(1947)
N-3シリーズの第2モデルである、ナイロン製のジャケットです。
外見に変化は見られませんが、L-2AN-2A同様、1947年に空軍が独立したことを象徴し、空軍のシンボルカラーであるエアアフォース・ブルーへとカラーリングを変更しています。
N-3A
N-3B
(1948)
N-3シリーズの第3モデルである、ナイロン製のジャケットです。
朝鮮戦争後、空軍はN-3Aジャケットの指定色をエアフォース・ブルーからセージ・グリーンへと改変しました。これは高度での太陽光吸収の解決と、脱出後の低視認化を目的としたものです。 指定色が改変されたモデルが、このN-3Bとなります。
N-3B
J-WFS
(WEP/G-8)

(1950年ごろ)
海軍の代表的ナイロン製ジャケットです。
J-WFSとは『ジャケット・ウィンター・フライング・スーツ』の略称で、日本でもアメリカでも『WEPジャケット』もしくは『G-8』と呼ばれることが多いです。 極端に短い裾、リブ仕様の襟と裾、大型のポケットなど、非常に独特の形態をしています。
J-WFS
CWU-45/P
(1973)
ナイロン素材のJ-WFSに代わり、耐火、耐熱性を持ったノーメックス(アラミド繊維素材)を採用したのがCWU-45/P。
陸・空・海の三軍および海兵隊において制式採用されているモデルで、約400度の高温に耐えられるものもあったといいます。 襟はラウンド・カラーで、左右のポケットのフラップはベルクロ(マジックテープ)留めとなっています。
CWU-45
CWU-36/P
(1978)
1978年に支給が開始された、暖気候用フライトジャケット。
寒冷地用CWU-45/Pの中綿を無くし、細部デザインにわずかな修正が加えられたものです。 CWU-45/Pと同様、機内での火災を想定してノーメックス(アラミド繊維素材)が採用されています。 初期型には存在した背中のアクションプリーツは、「コックピットの突起類に引っ掛かる」とのパイロットからの意見により、修正されたといいます。
CWU-36

フライトジャケットの歴史


黎明期(1903〜1930)

フライトジャケットの歴史は飛行機の誕生・進化とともにあります。

1903年ライト兄弟が初フライトに成功して以来、1914年の第一次世界大戦までは飛行機は一部の金持ちの娯楽と言っても良いものでした。従ってその間には飛行機乗りのウェアに求められる要件も明確ではなく、機能特化した飛行服、いわゆるフライトジャケットと呼ばれるものは無かったようです。


では、飛行機乗り達は何を着ていたのか?

彼らは自動車やモーターサイクル用のものや、極地探検隊のものを流用、あるいはそれらをアレンジしたものを着用していました。


やがて1914年に第一次世界大戦が勃発するや、飛行機は兵器をして大量に投入され、それに伴って飛行士が着用するウェアに対するニーズも明確化され始めました。

飛行機が兵器として進化するに伴い、飛行速度と飛行高度が上がりました。とりわけ寒いヨーロッパの更に上空ともなるとその寒さは生半可なものではありません。寒さのあまり身体は動かないわ酸素が薄くなるわで、失神するパイロットも少なくありませんでした。

こうした状況の中で、1917年アメリカ陸軍に航空衣料委員会が設立され、本格的にフライトジャケットの研究・開発が始まりました。

前述したように、フライトジャケットにまず必要とされた要件は防寒だったため、ここから10年近くはもっぱら冬期用のものの開発に重点が置かれました。この間に登場するのがB-1、B-2といったフライトジャケットです。

ただ、1929年の大恐慌はフライトジャケット開発をはじめ、軍備費にも少なからず影響したようです。

A-2、B-3の登場(1930年代)

1930年代になると、今では定番とも言えるA-2、B-3が登場します。(ちなみに1920年代後半まではオーバーオール式のフライングスーツが主流でした。)

冬期用では1934年に羊革を使ったB-3ウインターフライングジャケットとA-3ウインターフライングトラウザーズが採用されます。 その後吹きさらしだった飛行機のコックピットは密閉式になり、その結果、1939年に軽量化されたB-6ウインターフライングジャケットとA-6ウインターフライングトラウザーズが採用されます。

一方、冬期用に比べてその開発が後回しにされていた夏期用も1923年から研究開発が始まり、1927年にはA-1サマーフライングジャケットが採用されます。そして1931年A-2サマーフライングジャケットの登場となります。


さて、1930年代のフライトジャケットの発達に大きく貢献したのがジッパーの実用化です。ジッパーそのものは1891年、シカゴのウィットコム・ジャドソンによって考案されましたが、実用化のきっかけは1923年のB・F・グッドリッチ社のホレックスレス・ファスナー社(後のタロン社)への15万個もの大量発注と言われています。

ジェット機時代(1945〜1970)

第二次世界大戦終了後、1947年には陸軍航空隊が独立してアメリカ空軍が誕生、飛行機はジェット機時代を迎えます。

それに伴ってフライトジャケットの表地も布からより軽くて丈夫なナイロンへと移行します。 1945年、B-15Bがナイロン製となり、極寒地用のジャケットも羊革と決別してナイロン製のN-2、N-3となります。

B-15Bはその後改良を加えられながら、B-15C,B-15Dと続き、そして1950年代初頭にあのスーパーメジャーなフライトジャケットMA-1へと進化したのです。

L-2もL-2A、L-2Bへと続き、1978年のCWU-36/Pの登場まで活躍するのです。

革から布へ(1940〜第二次世界大戦終了)

1939年から始まった第二次世界大戦に、1941年アメリカが参戦すると陸軍航空隊の規模も一気に拡大されました。勿論それに伴ってフライトジャケットの需要・供給は増大しました。

しかし、あまりに急激な需要の拡大に革不足・コスト増が深刻化し、供給が追いつかなくなる懸念が出てきたわけです。 そこで新素材によるフライトジャケットの開発が1942年から始まりました。

ここでも冬期用が優先され、まずは「防寒性」が重視されました。 素材として採用されたのは、強靭なコットン・ギャバジンで、それにウールまたはパイルの組み合わせた布製フライトジャケットが開発されました。その結果、1943年にB-10ジャケットとA-9トラウザーズが採用。

更に1944年には改良を加えたB-15ジャケットとA-11トラウザーズが採用されました。

夏期用のフライトジャケットは重要性が低いとの認識から布製ジャケットが採用されるのは1945年のL-2からです。

現在のフライトジャケット(1970〜)

1970年代になると耐熱アラミド繊維(正式名はアロマティック・ポリアミド、商品名は「ノーメックス」)の開発に成功します。

これを契機に、1973年にアメリカ海軍がアラミド繊維を使用した初の冬期用フライトジャケットとしてCWU-45/Pを採用、1976には空軍によっても採用され現在に至っています。

また、夏期用としては前述の通り、1978年に空軍がCWU-36/Pを採用、現在では海軍、陸軍でも使用されています。

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